大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌高等裁判所函館支部 昭和25年(ネ)10号 判決

控訴人 被告 北海道農業委員会

訴訟代理人 斎藤忠雄

被控訴人 原告 府金謹彌 外三名

訴訟代理人 熊谷正治

主文

原判決を取消す。

被控訴人等の、控訴人が昭和二十四年五月十七日被控訴人等の為した訴願を却下する旨の裁決を取消す。との請求を棄却する。

被控訴人等の、昭和二十二年十二月二日奥尻郡奥尻村農地委員会が別紙目録表示物件につき樹立した買収計画を取消す。との訴を却下する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す。被控訴人等の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。との判決を求め、被控訴代理人は、本件控訴を棄却する。昭和二十二年十二月二日奥尻郡奥尻村農地委員会が別紙目録表示物件につき樹立した買収計画を取消す。控訴費用は控訴人の負担とする。との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、被控訴代理人において、被控訴人等は本件訴願において実質的理由に基いて裁判を求めたところ、控訴人は形式上の理由で訴願却下の裁決を為したが、訴願が斥けられた以上は、買収計画を認容したこととなるから、買収計画の内容に違法がある限り出訴期間を経過しても処分の取消が出来る。従つて本訴で形式実質の理由を併せて請求することは何ら請求の基礎に変更を来すものではない。よつて昭和二十二年十二月二日奥尻村農地委員会が別紙目録記載の土地に対し、被控訴人等の共有であることを無視して為した違法の農地買収計画の取消を求むる為め、当審において請求の趣旨を拡張する。控訴代理人の主張に対し、被控訴人等は本件農地買収計画に対し、口頭で異議の申立を為したが、それが無効であるとしても、農地委員会は農地買収につき関係人を指導する立場にあり、被控訴人等は、奥尻村農地委員会が裁判上の共有確認書を提出するよう指導したため、異議の申立をしなかつたもので、これはいわゆる正当の事由ある場合に該当する。本件土地は昭和十六年八月四日被控訴人等の共有となつたのであるから持分の移転について知事の許可を必要としない。又被控訴人等は裁判上の確認書を提出すれば買収の取消を為す旨の当局の言明に従つて手続を進めたのであるから、後日に至つて登記がないから買収計画の取消が出来ないといつて前言を飜すのは、欺罔によつて被控訴人等の登記申請を妨げたものといわざるを得ない。更に控訴人主張の小作調停の目的となつた奥尻村富里百五十五番地原野一町五反三畝十五歩の土地は、事実上存在しないのであるから、錯誤の問題を生ずる余地がない。又小作調停で決定した土地と事実上返還を受けた土地と、部分的に異るところがあつたとしても、それは訴外成田武五郎等の要求に基いて小作調停条項の履行として為されたもので、昭和二十一年法律第四十二号改正農地調整法、昭和二十二年法律第二百四十号改正農地調整法の各施行期日前に属するから、右土地の返還は有効である。又登記簿の記載が事実と符合しない場合、農地の買収について登記簿のみに固執する必要はない。尚本件農地を遡及買収することによつて、被控訴人等のうち二名は水田皆無となり、一名は僅少となるが、これに反し訴外小向鶴松、成田武五郎は有力な水田所有者となつて、被控訴人等の生活状態は右訴外人等の生活状態に較べて著しくわるくなるから、本件買収は不適法である。と述べ、控訴代理人は、原判決によつて取消の対象となつた訴願棄却の裁決は存在しない。仮りにそれが訴願却下の裁決を指すものとすれば、異議申立を経ない不適法な訴願について、実質的審査をしなければならないこととなつて不合理である。被控訴人等が本件農地買収計画に対し、異議の申立をしなかつたことについて正当の理由はない。即ち昭和二十二年十一月十五日の第十回奥尻村農地委員会の席上沖口事務局長は、後日裁判上の共有確認を得れば、取消すことも出来ると説明しただけで、確認書を提出すれば、当然買収計画が取消されると説明したのではない。即ち条件附買収ではない。買収計画の取消には、(イ)農地調整法第四条の定むる知事の許可、(ロ)奥尻村農地委員会の買収計画の変更決定、(ハ)北海道農地委員会の買収計画の承認の取消が必要で、右(イ)に関しては、昭和二十三年二月十九日奥尻村農地委員会から被控訴人等に通知してあるから、被控訴人等は、これを知つていたに拘らず、その手続を為さなかつたものである。仮りに被控訴人等が、裁判所の確認書があれば当然買収を取消されるものと信じていたとしても、それは単に法定期間内に異議の申立が出来なかつた理由となるだけで、その後において異議申立が出来なかつた理由となるものではない。又被控訴人等が右条件附買収の意思表示を受けていたとしても、自作農創設特別措置法第三条による買収は条件附買収であつてはならないのであるから、かかる意思表示は無効である。尚かゝる意思表示は被控訴人等が本件土地につき買収計画以前に共有の登記をしなかつた理由となるものではなく、又詐欺によつて被控訴人等の登記申請を妨げたものでもない。奥尻村農地委員会は本件農地買収計画樹立当時被控訴人等四名の共有である事実は知らなかつたのである。尚昭和二十一年六月十一日の小作調停の結果返還することとなつた訴外成田武五郎所有奥尻村字富里五十五番地一町五反三畝十五歩の土地は、単に同村役場備付の土地台帖の上で、右成田の所有名義となつていただけで、真の所有者は牧口栄作であつたのであるから、右小作調停は要素の錯誤に基き無効である。更に被控訴人等が耕作しているのは、小作調停によつて決定した土地ではなく、訴外成田等が被控訴人等の脅迫によつて已むなく返還した土地である、本件土地買収にあたり登記簿によつて行うことは当然である。又本件土地を遡及買収することによつて、被控訴人等の生活状態は訴外成田等に比し著しくわるくなることはないから、本件買収計画は何ら違法ではない。又本件買収計画の変更は適法に行われたものである。と述べた外原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

証拠として、被控訴代理人は、甲第一号証の一乃至四、第二号証の一乃至六、第三号証の一乃至三、第四号証の一乃至六、第五号証の一、二、第六号証、第七号証の一乃至三、第八号証の一乃至三、第九号証乃至第十二号証、第十三号証の一乃至五、第十四号証の一、二、第十五、十六号証、第十七号証の一乃至三、第十八号証を提出し、原審証人飛山俊平、末広秋三、雁原勇、新村勝二、沖口由太郎、古谷篤蔵、三田潮隆、野口三代次郎、当審証人津山久雄の各証言及び当審における被控訴人府金謹彌、坪谷聖三、和田莞爾、府金謹吾の各本人訊問の結果を援用し、乙第三、四号証は不知、爾余の乙号各証の成立を認め、同第二、第五、第六(一部)の各号証を利益に援用し、控訴代理人は乙第一号証の一、二、第二乃至第七号証を提出し、原審並びに当審証人沖口由太郎、当審証人雁原勇、原養吉、成田武夫、小向貫一、浦初美、若山長次郎の各証言及び当審における検証の結果を援用し、甲第二号証の一乃至六、第十一号証は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

先ず、本件裁決の取消を求むる訴の適否について審按すると行政事件訴訟特例法は、その施行期日たる昭和二十三年七月十五日以前に生じた事項についても適用されるけれども、民事訴訟法及び昭和二十二年法律第七十五号によつて生じた効力を妨げない(右特例法附則第二項)のであるが、民事訴訟法及び昭和二十二年法律第七十五号には、行政庁の違法処分の取消又は変更を求める訴を提起するについて、行政庁に対する不服申立の手続を経たことを前提とする旨の規定はないから、右特例法施行前に提起された行政訴訟については、かゝる不服申立の手続を経たことを必要としないものと解すべきである。本訴が右行政事件訴訟特例法施行前たる昭和二十三年六月三日原審函館地方裁判所に提起されたことは、記録によつて明らかであるから村農地委員会に対する異議申立の手続を経ないで本訴が提起されたからとて不適法であるとはいえない。尤も、本件訴状によると、被控訴人等は昭和二十三年五月二十一日(後に同月二十二日と訂正)控訴人が為した訴願却下の裁決の取消を求めていることが明らかであるところ、右裁決は昭和二十三年五月二十二日には勿論、本訴提起当時においても未だ為されておらず、昭和二十四年五月十七日に至り始めて、本件訴願却下の裁決が為され、その裁決書は同年六月十二日被控訴人等に送達せられたが、(この点当事者間に争がない。)その後、法定出訴期間内である同年七月六日、「控訴人が昭和二十四年五月十七日為した訴願却下の裁決の取消を求むる」旨記載した請求の趣旨並びに原因補正申立書と題する書面を提出したことが認められ、右申立は本件農地買収計画に対する訴願却下の裁決の取消を求める点において、前の訴と請求の基礎を同じくするものというべきであるから、被控訴人等の右訴願却下の裁決の取消を求むる訴は適法である。

次に、本件買収計画の取消を求むる訴について考えると、この訴の提起できるのは、自作農創設特別措置法第四十七条の二行政事件訴訟特例法第五条第四項によつて、訴願申立人については、裁決書の送達のあつた日から一ケ月以内であり、しかも行政処分に対して不服のある者が、その取消を求める訴を提起するには、取消を求める行政処分は特定されていなければならないから、新に行政処分の取消を求めるのは、その行政処分についての出訴期間内でなければならない。ところで、本件訴願却下の裁決書が被控訴人等に送達せられたのは前認定のとおり昭和二十四年六月十二日で、当審において被控訴代理人から、本件農地買収計画の取消を求むる旨記載した請求の趣旨拡張の申立と題する書面の提出されたのは、昭和二十五年八月二日であることは記録に徴して明らかであるから、本件買収計画の取消を求むる訴は出訴期間経過後に提起されたもので、不適法であり、その欠缺が補正することが出来ない場合であるから、民事訴訟法第二百二条第一項によつて、これを却下しなくてはならない。

よつて、進んで本件裁決の取消を求むる訴の本案について審究すると、昭和二十二年十一月十五日奥尻村農地委員会が本件土地を被控訴人府金謹吾の単独所有と認め、自作農創設特別措置法第三条第一項第三号に基く買収計画を定め、その旨公示し同年十二月二日控訴人は右買収計画の承認を為したこと、昭和二十三年一月十八日被控訴人等が右農地委員会に対し、本件土地に関する共有確認の和解調書謄本を提出して、右買収計画の取消を求めたが、右農地委員会はこれに応じなかつたので、同年三月三日控訴人に対し、本件土地は被控訴人等の共有であることを理由として、右買収計画を取消すべき旨の訴願をなし、昭和二十四年五月十七日控訴人において右訴願は奥尻村農地委員会に対する異議申立の手続を経ない不適法なものであるとの理由で、却下の裁決があつて、同年六月十二日右裁決書が被控訴人等に送達されたことは当事者間に争がない。被控訴代理人は、被控訴人等は奥尻村農地委員会に対し、適法な異議の申立を為した旨主張し、成立に争のない甲第四号証の六には、被控訴人坪谷聖三から本件買収決定直後に異議の申立を為した旨の記載があるけれども、これを以てしては未だ適法な異議申立のあつたことを肯認するに足らず、成立に争のない甲第四号証の一、二によるも、本件買収計画の定めらるる以前に二回に亘つて被控訴人府金謹吾から異議の申立又は買収決定延期の申立を為したことが認められるに過ぎず、他に法定期間内に適法な異議の申立のあつたことを認むるに足る証拠はない。

そこで、いわゆる正当な事由がある場合、土地所有者は市町村農地委員会に対する異議申立の手続を経ないで、直ちに都道府県農地委員会に対し訴願を為すことが出来るかどうかについて考えると、自作農創設特別措置法第七条の規定によると、市町村農地委員会の定める農地買収計画につき不服ある土地所有者が、都道府県農地委員会に対して訴願を為すには、市町村農地委員会に対し異議の申立を為し、これに対する決定のあつたことを前提とするのであつて、かような異議申立をしないで、直接に都道府県農地委員会に対して訴願を為し得ることを認めた規定はない。本件訴願提起後に制定公布せられ、原則としてその施行前に生じた事項についても適用される行政事件訴訟特例法第二条の規定は、行政訴訟提起の要件を定めたものであり訴願法第八条は訴願の提起期間に関する規定であつて、いずれも本問と直接に関係ある規定ではない。しかしながら、右両個の規定の趣旨は本件のような場合に類推適用するのが適切であると思料されるので、異議申立の手続を経ることによつて著しい損害を生ずる虞のあるとき、その他正当な事由があるとき、又は特に宥恕すべき事由があるときは、市町村農地委員会に対して異議の申立をしないで、直ちに都道府県農地委員会に対して訴願することが出来るものと解するのが妥当である。飜つて本件の経過を見ると、成立に争のない甲第一号証の一乃至六、同第五号証の一、同第七号証の一、二に、原審並びに当審証人沖口由太郎の証言を綜合すると、奥尻村農地委員会は、本件農地買収計画を定むるに先立ち、昭和二十二年八月二十三日開催の会議において、同村在村地主の保有面積外の農地の分割調査計画を審議した際、当時本件土地は公簿上被控訴人府金謹吾の単独所有の小作地となつていたため、これを買収することに内定し、同年九月二十二、二十三日の両日に亘つて開催された委員会において、前認定の被控訴人府金謹吾の異議申立を否決したが、その後同年十月二十八日開催の懇談会の席上、所轄檜山支庁係官から本件土地については、裁判上の共有確認を得た場合には買収計画から削除しても差支ない旨の説明があつたので右謹吾を除く爾余の被控訴人等から登記簿上の所有名義人である右謹吾を相手方とし、函館簡易裁判所に本件土地共有確認の和解申立をなす一方、同年十一月十三日右謹吾から、前示買収決定延期方の願書を提出したが、同委員会は同月十五日、後日被控訴人等から裁判上の共有確認書類の提出があつたときは、買収計画を取消す旨の決議を為して、本件土地を右謹吾の単独所有に係る自作農創設特別措置法第三条第一項第三号の保有面積外の農地として買収計画を定めたことが認められる。そこで右後日裁判上の確認書を提出すれば、買収計画を取消す旨の決議が被控訴人等において異議申立をしなかつた正当の事由となるかどうかを考えると、農地の買収において土地所有者は登記がなければ農地委員会に対抗することが出来ないかどうかはしばらく措き、かような決議を為したことは一応異議申立をしなかつた正当な事由となるかのようにも考えられるけれども、かような決議は農地買収計画の内容を為す決議ではなく、単なる委員会の意見に過ぎず、本件土地につき共有の登記がないため買収計画に予定されてから、買収計画の定められるまでには相当の日時を経過しており、その間再三の申出にも拘らず、村農地委員会は本件買収計画を定めたのであつて、しかも買収計画が定められた以上は、村農地委員会は道農地委員会の承認を求め、買収手続が進行するであろうことは、何人もが予期せねばならない事柄であるから、被控訴人等としては、いわゆる裁判上の共有確認書作成の手続を取る一方、法定期間内に異議申立の手続を為して、買収手続の進行を阻止しておくのが当然であつたに拘らず、その挙に出でなかつたものであり、しかも、被控訴人等において、かゝる異議申立の方法を取り得なかつた特別の事情あることは認められないから、被控訴人等が村農地委員会に対して異議の申立をしなかつたことにつき正当の事由があり、又は宥恕すべき事由ありとはいうことが出来ない。従つて右異議申立の手続を経ない本件訴願は不適法なものと断ぜざるを得ないから、控訴人の本件訴願却下の裁決は正当で、被控訴人等の請求は到底認容することが出来ない。

よつてこれと判定を異にする原判決は不当としてこれを取消し、被控訴人等のこの点の請求を棄却し、買収計画取消請求の訴は前叙のとおり不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十六条第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 原和雄 判事 井上弘 判事 長友文士)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例